叫び

こんにちは、Snow Man担降りした人です。

 

でも、今回のブログの内容は全くジャニーズとも7ORDERとも関係がありません。

 

 

 

 

 

 

今回のブログは、私のオタ友であり病気の仲間でもあった一人の友人がこの世を去ったことによって書かれています。正直今も受け入れることが出来ない中で書いています。

 

 

彼女はとても明るい人で私もとてもよく笑う人間だけれどもそれ以上によく笑う人でした。今、何を書いたらいいのか全く分かっていない。でも、どうしても書くことでしかこのことが消化できないのです。

 

 

 

 

 

 

 

彼女のことを書く、このことに何の意味があるのかわからない。でも、彼女は優しいけれど大胆不敵なところがある人だったから喜んでいるのではないかなとも思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の一番書きたいことは、彼女と最期に話したことを私なりに考えた答えである。私と彼女の最期は、いつもと同じくだらないことを話し合って終わった。

 

 

それは、「フツーって何だろうね」という内容の会話だった。

 

私も彼女も体に疾患を抱えて生きてきていた。でも、私たちは生まれた時からこの世界を生きているのだからフツーってものを知らない。でも、そんな当たり前のことをいまさら彼女と話すことなんてなかったのになぜかあの日はこの話題で盛り上がった。今考えるとちょうどとある事件の公判中だったからかもしれない。

 

 

彼女の疾患についてここに記すのはフェアではない気がするので、ここから先の文章は、私が疾患を抱えながらもフツーってなんだろねと思いながら書く文である。どうか、乱文であることを許してほしい。

 

 

 

 

私の体にある疾患のうち、フツーに生きることを難しくしているのは何のか考えてみた、一番は日光アレルギーと気管支疾患であろうと考えた。私は、一年中長袖長ズボンで生活しているわけではない。日光アレルギーとはいえ今の世の中では日光を遮断してくれるいくつかの発明によってタイツをはけばスカートも履けるし、カーディガン着れば中に半袖を着ることだってできる。しかし、眼鏡をかけなくては外に出ることはできないし長時間外で日光を浴びると発熱を伴なう体調不良に悩まされることもある。そして、気管支疾患については、簡単に言えば走ることもままならないからだであると言えば伝わりやすいだろうか、長時間歩くこともできないので学校の遠足というのは、私にとっての憧れのイベントである。とまぁ、その他いろいろと疾患を抱えているが、この二つがフツーに擬態して生きていくのに割と支障のあるところである。食物アレルギーや動物アレルギーは避けて通って生きていくことにしているのでまぁ平気であると考えています。

 

 

この疾患だらけの体に生まれた私はフツーではないのかという話について、私はフツーってなんだかわからんから答えようがないといってごまかしてしまった。そのことが今、ものすごく恥ずかしいだからここで私なりのこたえを書こうと思う。

 

私の目は、フツーに見えたことがない。私の耳は、フツーに聞こえたことはきっとない、私の体がフツーに活動していたことはない。でも、私は私の中の普通で生きている。それは、世の中のマジョリティではないかもしれないけれど、私の中ではマジョリティとして生きてる。私は普通に生きている。

 

これが、私なりの答えだ。

 

彼女の答えとは実は違う。でも、彼女とこのことについて話すことはもう二度ととできないだからこそ、他の誰でもいいから誰かに答えを伝えたいと思ってしまったのです。

 

 

 

 

 

以上が今回のブログでした。

それでは、失礼します。