snowmanを坦降りする話。


こんにちはー!舘さまよりの箱推しのsnowman坦です。と、何度挨拶したのかもう覚えていません。これは、成人したばかりのsnowmanを坦降りする人間の叫びです。


私が初めてsnowmanという存在を知ったのはまだ小学生の頃だったと思います。姉が生粋のジャニオタで家中にジャニーズのグッズが溢れていた中で、なぜ彼らに惚れたのかはよくわかりませんが、二歳のときからのVクラなのでもしかしたらそんなところも関係があるのかもしれません。

初めて本物の彼らに会えたのは高校入試のお祝いに姉が連れていってくれた、滝沢歌舞伎でした。かっこよかった。今思えばまだまだだったと思う。でも、私にはキラキラして見えた。高校では、Vクラの友達もスノストの友達にも出会い思いっきり部活をやりながら、少クラをかてに勉強を頑張った。

体が弱かった私にとって将来の夢を叶えることはとても難しいことでした。そんな中で彼らを応援しながら、彼らに励まされながら、将来の夢のための一歩となる大学に合格しました。阿部ちゃんは、すっごく頑張って大学に入ったんだと、言い聞かせながら頑張りました。

そして


YouTubeが始まりました。嬉しかった彼らを見ることができて彼らの知らなかった一面を知ることができてすごく嬉しかった。幸せだった。水曜日のために頑張れた辛いレポートも課題も授業も、全部頑張れた。


去年の単独横アリ、泣きました。ボロボロ泣きました。嬉しくて嬉しくて、彼らは間違いなく私の中で一番のスターでした。(笑いもたくさんありました。)

SnowDream美しかったです。鳥肌がたって歌詞を見ながら泣いてペンライトがしっかり光っていた自信もありません。

サマパラ記憶がありません。とりあえず泣いた。






とまぁ、つらつらと書いているのは坦降りするからだ。はっきりいって気が狂いそうだ。坦降りなんて初めてだ。彼らが大好きだ。




2019年1月17日、目が覚めたらSNSの通知がおかしかった。最初は何をいっているのか意味がわからなかった。発表を何度読んでも理解できなかった。何より大好きSnowManを感じなかった。何度も何度も受け取って来たつもりの彼らを感じなかった。



それから、2ヶ月たった。カレンダーが届いた泣いた。泣きながら開封した。初めてだった、彼らのために流した涙が辛い涙だったのは。その瞬間坦降りを決めた。7人目であることをやめた。彼らのためにそばにいることが彼らに対する裏切りだと思った。だって私はもう春が待ちわびれなくなってしまったから。











少し、余談を話そう。
私がこの話をするために、ブログという媒体を使うのは、TwitterなどのSNS内であまりにSnowManという存在について話すことが難しくなってしまったからだ。
ここ2ヶ月は、Twitterが常におかしな状態だった。だからこの私に沢山の彼らに対する情報をじんみゃ